ひらひらくるくる

風のたよりの裏側へようこそ

昨日のラーメン屋でのこと

傷がたくさんついている少し古くなった引き戸を音を立てて開ける。

「いらっしゃーせー!」

カウンター席とテーブル席1席のこじんまりとした店内だ。

見回してどうやら満席のようだ。

ふと、右手側を見やると券売機が置いてある。

券売機では1人の男が立ち尽くしている。

金額の表示された状態だったから、先にお金を入れたは良いものの、何を頼もうか悩んでしまったのだろう。

 

店内は麺を啜る音と、水の流れる音、コツンと時折調理場から聞こえる無機質な音だけが流れていた。

全員が目の前のラーメンに集中している。

いろんなラーメン屋さんに言ってはいるが、ここまで心地いい緊張感の走るラーメン屋は初めて来た。

 

やっと食べるものが決まったであろう、男の後に待っている間に決めていたラーメンを選ぶ。

この店には何かルールがあるのだろうか。

見回してみたが何も見つからない。

「空きましたんで」

カウンターの空いた席に座ると同時に隣の客が「ごちそうさん」と言って、少し高くなったスペースに食べ終わったどんぶりをあげ、目の前に用意されているふきんで台を拭き上げ帰っていく。

無駄のない一連の流れを見て「なるほど」と目の前のふきんに目をやった。

決して賑やかではない店内だが、とても心地いいのは客も含めて礼儀を弁えているからなのかもしれない。

ルールはないが、食べ終わった他の客も同じことをしているのを見るときっとその流れがルールなのだ。

 

「お待たせしました。特製ラーメンです」

 

あまり待つ事なく出てきたラーメンは、空腹をさらに加速させるのに充分だった。

分厚めのチャーシューが3切れ。

ネギとほうれん草とのり。てかてかと光る背脂。

そして半熟の味玉。

目の前で両手を合わせ「いただきます」と呟く。

 

まずはスープ。

掬ってみると意外に透明感がある。ぷかぷかと浮いてる背脂とともに啜るとなんとさっぱりしている事か。

背脂スープ=ギトギトという自分の中のセオリーを思いっきり破壊してくれた。

麺はストレート。程よく弾力があって啜りやすくなっている。

一通りすすったところで海苔で麺をつつみ一緒にすする。

スープを吸ってクタクタになった海苔が旨みを倍にして口の中に吸い込まれる。

間髪いれずに煮卵をくらう。

しっかり味のついた煮卵はラーメンに負けずに主張してくる。黄身がとろりと舌に溶けると熱くなった口内を一度リセットしてくれる。

チャーシューも絶品だ。熱くはないが、口内の温度で溶け出る脂が柔らかく夢中でかじる。

 

店内は相変わらず麺を啜る音、時折り鼻をすする音、どんぶりを洗う音のみが聞こえてくる。

人の声など、替え玉を頼む時と食べ終わりの挨拶、店員さんの必要最低限の声のみだ。

 

無我夢中でラーメンをすすり、スープを飲むと「ふぅ…」と安堵のような成し遂げたような幸せの息が漏れる。

ぼんやりと食べ終わったどんぶりを眺め、スープをもう一口飲んでからにしようか帰ろうか考える。

もう一口…とスープを口に流し込めば一口ではおさまらない。

残った背脂さえもったいない気がして全てを掬うようにスープを飲み干す。

 

「ごちそうさまでーす」

どんぶりを小高くなったカウンターに置き、目の前のふきんできっちりとカウンターを拭き取りすぐさま外へ。

 

古くなった扉を開けて外に出ると心地よい風が身体を冷やしてくれた。